目の前のことを一生懸命やればいいはウソ?







幸せになるための書籍やブログを読んでいると、「目の前のことを一生懸命やれば未来は開ける」と書いてある。




僕も、どん底の時にこの言葉を信じて頑張ってきた。そして、幸せに満たせれているいま、その時の体験は必要だったのかと言われれば、答えは?だ。




なぜ?なのか。それは、




  • 自分のとって必要な体験だったのかわからない。
  • 苦労ばかりで精神的にヘトヘトになった。
  • 肉体的にも限界だった。




当時、いわゆる「職人」の世界にいた僕は、上司のパワハラに悩んでいた。◯◯できるまで◯年、技術は見て盗めという上司で、毎日毎日、その上司の機嫌を取る事ばかりしていた。認められようとしていた。




仕事がどうよりも、その上司の機嫌が良くなり少しでも職場の雰囲気が良くなるよう考えていた。仕事自体は嫌いではなかったけれど、その上司がいるだけで嫌で仕方なかった。




嫌で嫌で仕方なかった毎日。いろんな人に相談しても、返ってくる言葉は「我慢しよう」「そのうち変わるよ」「石の上にも3年だよ」という聞き慣れたありふれた言葉だった。




その言葉にしぶしぶ納得し、「明日は」「明日こそ」と毎日頑張っていた。しかし、肉体的にも精神的にも限界になっていった。




悩み続けて1年ぐらい経った時、叔父と会う機会があった。その叔父は、いわゆる大企業に務める人で、その企業でも役職に就いている人だ。




僕はその叔父に自分の今の現状を思い切って相談した。




そして、僕の悩みをひととおり黙って聞いていた叔父が言った言葉に僕は救われた。




「若いうちの苦労は買ってでもしろと言うけれど俺はそうは思わない。経験は必要だけど苦労なんてわざわざする必要はない」




今までずっと嫌な上司がいる職場で頑張ってきた僕の心は一気に軽くなった。




「そうか。苦労はしなくてもいいんだ」とスーッと心が軽くなり、一気に目の前が明るくなったことを昨日の事のように思い出す。




その次の日から、上司の機嫌を取るような事はせず、何を言われても淡々と仕事をこなす日々。




何を言われても受け流す日々。その出来事に感情さえ持たない。そんな日々を過ごしていると、今ここで過ごしている「経験」は本当に自分にとって必要なのかと考えるようになった。そのうち「ここにいても何も得るものがないな」「自分に必要なところではない」「日々、ワクワクして過ごしたい」と思うようになった。仕事帰りに転職雑誌を読むことが1日の中で一番ワクワクしている時間になってきた。




そして、その1ヶ月後、僕は退職届を出した。




ワクワクする場所、ワクワクするような仕事では、そう言った境遇の人は目の前のことを一生懸命やればいいと思う。でも、それ以外の人は、一刻も早くその場から逃れる方法を考えよう。




人の顔色ばかりを気にして何かをしても決していい波動は出ない。目の前に現れる現実も自分にとって良くない現実だ。




いろんな情報がネットや書籍から得られる便利な時代だ。しかし、その情報を全て鵜呑みにしてしまうと自分自身が辛くなる時があるので気をつけよう。即実践して、「おかしな」「合ってないな」と感じたら、サクッと止めて次の方法を試すことをオススメする。


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